カーンのゴムタイヤトラム

 カーン(Caen)はフランス北西部、バス・ノルマンディー地方の中心都市です。英仏海峡に面した都市で、イギリスのポーツマスへ向かうフェリーが発着しています。第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦の激戦地となり、戦争中に街は破壊されましたが、歴史的景観のある街は再建されて今も風格のある建物が市内に残ります。
 カーンは、ゴムタイヤトラムのTVRを採用し、2002年に開業しました。TVRはボンバルディア社が開発したゴムタイヤトラムで、中央案内軌条式のガイドウェイバスのような構造となっています。案内構造は、簡素な構造のI字形案内レールの上に、滑車状の案内輪が乗る仕組みです。車体構造も、連接形バスを基本とした構造であり、トロリーバスをLRTのように使うシステムと言える存在です。人口規模があまり大きくなく、起伏が多い地形の都市向けに適したLRTとして開発されたものです。ゴムタイヤトラムは、RATP(パリ交通営団)が音頭をとって開発が始まったものですが、TVRはカーンが開発中に導入を検討し始めたことから、とくにカーンの事情に適したように設計が進みました。カーンは人口規模が22万人とあまり大きな街ではなく、しかも起伏が多い地形でした。このような経緯から、本来はカーンにとってTVRは最高のパートナーとなるはずでしたが、幾多の不幸に見舞われます。
 カーンのTVR導入に際しては、住民協議で最初の挫折を味わいます。住民投票にかけたところ、反対票の方が多かったので、TVR導入は一度は暗礁に乗り上げます。しかし、再度協議プロセスを行い、なんとか2002年末に開業にこぎ着けます。すったもんだしているうちに、TVRはナンシーが先に導入されてしまっており、世界初のゴムタイヤトラム営業開始の都市の栄誉を得ることはできませんでした。カーンのTVRは、もともとこのシステムがカーン向けに設計されたこともあり、深刻な技術トラブルに見舞われたナンシーとは対照的に、比較的安定した運行実績を持ちました。営業線を全部ガイド区間として、運転中のモードチェンジを行わない路線設計にしたことが功を奏した格好です。2005年には利用客数が年間1,200万人を突破し、カーンのTVRは順調に成長していきました。しかし、その時すでに破局は迫っていました。ナンシーに先に開業された上に彼の地で深刻なトラブルが生じたことは、カーンも抜き差しならない状況に追い込むことになったのです。
 2010年秋、フランス政府はナンシーおよびカーンに対して、TVRは安全面で非常に深刻な問題があるため、2022年までに鉄輪式LRTまたはタイヤトラムならばトランスロールなど他のシステムに転換するように勧告を行いました。これをうけて、カーン市は2011年秋、TVRを鉄輪式LRTに置き換える方針を発表しました。最終結論は、2012年までに出すことになっており、鉄輪式LRTかBRTかの最終調整中ですが、市長の方針では鉄輪式LRTの導入を第一に推す方針です。2018年には、新しいシステムを営業開始する予定です。実は、製造元のボンバルディア社が、ナンシーでのトラブルによって訴訟問題に発展してしまい、また他の都市がTVRを敬遠してしまい売れなくなったため、TVRの製造中止の方針を出していたところだったのです。結果的に、カーンのゴムタイヤトラムの導入は失敗に終わり、オーソドックスな鉄輪式LRTに行き着くことになります。結果論としてはTVRのそれ自体に技術に問題があったとは言え、カーン市を責めるのはあまりにも酷です。TVR破綻のそもそもの原因をつくったのはナンシーが技術を横どりしたうえに無茶な路線設計をしてトラブルを頻発させてしまい、TVRを地道に改良して発展させる芽を摘んでしまったことが大きく、カーン市やカーン市民にしては本当にやりきれない結末だと言えます。

基本データ(2012年3月1日現在)
運営事業者名 Twisto(ケオリス・カーン)
組織の種別 株式会社(民営)
管轄する自治体組織 Viasités(カーン都市圏公共交通政策混合組合、広域自治体連合が設置した一部事務組合)
開業年 2002年
※2018年までにTVRを撤去し、鉄輪式トラムに置き換える予定。
系統数
営業距離 15.7km
停留所数 34
案内方式 中央案内軌条方式(TVR方式)、バスモード
※営業区間は全区間案内軌条区間である。バスモードは車庫入庫の回送のみ。
電化方式 直流750V架空単線式、内燃動力(電気式ディーゼル駆動)
※営業区間は全区間電化区間である。内燃動力使用は車庫入庫の回送のみ。
所属編成数 24編成


|ページ作成:2012年3月9日|


www.eurotram.com/
Copylight (c)Soichiro Minami 2003-2012 All Rights Reserved
このページの無断転載を禁じます